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★2009年11月1日 (日)★

久々に「日本語を疑え」のコーナーです。





っていうかそんなコーナー名なかったんですけども、

過去に「何故『馬に念仏』ではいけなかったのか」とか、そういう日本語についての

いちゃもんをつけることがこの日記ではよくあったと思うんですが、

今日は「猫に小判」についてなんですけども、

あれ小判じゃなきゃだめですか?





このことわざが一体どれくらいの時代に完成されたものなのかはわかりませんけども、

今となっては「小判」という存在が既に過去のものになってるじゃないですか。

時代は21世紀ですよ。21st Century Flightですよ。

この時代に小判で買い物をしているのなんかS2さんくらいですから、

「そんな高価なものを与えても無駄」みたいな意味を持たせるのに、この時代ではもう

「小判」ではちょっと釣り合わなくなってるんじゃないかと思うんです。

「豚に真珠」の方はまだいいんです。真珠が現代でもそれなりの高級品ですから。

でも「小判」はどうなの小判。僕から言わせればことわざ完成当時に遡ったとしても

「大判でよかったんじゃねぇのか」っていうところから詰め寄りたいところです。

そう。だからまず「小判」なんて変なところで謙虚な気持ちを出さなくても、

「猫に紀伊国屋」くらい言ってしまえばよかったんだと思うんです。





そんで現代となり、歴史と文化が進むにつれて新しい言葉が生まれ、過去の言葉が衰退するならば、

ことわざだってそれなりの進化を遂げてもいい頃です。

「嬉しい」という表現だって時代によって変化してるじゃないですか。

「キャッホルンルン」→「マンモスうれピー」→「バッチグー」→「チョベリグ」→「やばい」

みたいな進化があるわけですよ。(※「やばい」はやばくないのに使うので個人的にアウトですが)

だから猫に小判だってぼちぼち「猫に表参道の利権」とか

なんかそんな感じでリッチ度数を上げていくのがいいと思います。

ちなみに前述の「嬉しい」の表現は、「やばい」の次は「ザッポゴン」とかです。

由来は聞くな。そこまで考えてない。

また明日。


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